技術講座

講座「ダム貯水池の水質問題」第1回

―富栄養化現象について―

(財)ダム水源地環境整備センター研究第2部
森川 一郎

【はじめに】

ダム管理に当たって、貯水池の水質が問題となることがある。ダムに関わる水質の現象は複雑で多岐にわたり、水圏の生態系にも大きな関わりをもつ1) 。 本講座では、管理ダムにおいて水質問題を検討する上でポイントとなる事項について記述できればと考えている。第1回は富栄養化現象を中心に記述する。

【富栄養化】

一般に、深い湖は澄んだ湖が多く、浅い湖は藻類が増殖して有機物が豊富な湖が多い。 湖に流入したリン等の無機態の栄養塩は、水に溶けていない(粒子性)ものはそのまま沈降し、溶けている(溶解性)ものは藻類に利用された後、死骸とともに沈降していく。
栄養塩が次第に沈降するため、流入する栄養塩が少なければ、光合成が可能な湖の上層の栄養塩濃度は高くなりにくい。
しかし、自然湖沼は長い年月をかけて次第に浅くなる。浅くなると水の循環や巻き上げにより、栄養塩が光の届く上層に到達しやすくなる。 この栄養塩を利用する藻類が増殖することによって、湖水中の有機物が増大(水質が悪化)する。富栄養化は、元々、このような変化を意味した。これは一般に不可逆的な変化である。

図1 自然湖沼の遷移に伴う富栄養化のイメージ


一方、人間活動の結果、湖に流入する栄養塩が増大することにより、短期間で湖の栄養塩濃度が増大し、藻類が異常増殖する現象が生じた。これは人為的な富栄養化である。
流入する栄養塩の増大に伴うものであるから、流入する栄養塩を削減すれば元に戻る可逆的な変化である。

図2 人為的富栄養化のイメージ


流入負荷の削減により、湖の栄養塩濃度を劇的に回復させた例として、ドイツ、オーストリア、スイス国境に位置するボーデン湖の事例を挙げることができる。

図3 ボーデン湖の全リン(TP)濃度と流入負荷量の変化 2)


さらに、ダムで貯留することによって生じる藻類の異常増殖も富栄養化現象と呼んでいる。ダム建設前の河川に適度な栄養塩濃度があれば、貯留という変化に伴って、滞留時間、日射量、水温等の藻類の増殖条件が整い、 栄養塩の増加による富栄養化と同様の現象(藻類の異常増殖等)が生じるためである。
富栄養化現象を抑制するためには、流入負荷量の削減や、増殖条件の阻害が必要となる。増殖条件を阻害する例として曝気式循環装置がある。

図4 貯留による富栄養化現象のイメージ


図5 曝気式循環装置



【植物プランクトン】

ダム貯水池に出現する藻類は主に珪藻類や緑藻類である。また、時に異常増殖を起こし問題となる藻類に、藍藻類(アオコ)、渦鞭毛藻類(淡水赤潮)がある。藻類と総称しているが、 進化の系統で分類すると異なる系統に属する。
珪藻類と緑藻類は真核(核膜に囲まれた核を持つ)生物であるのに対し、藍藻は細菌と同じ原核(真核生物が誕生する前の)生物である。このため、藍藻はシアノバクテリア(藍色の細菌)と呼ばれることも多い。 20億年以上前に地球大気の酸素を増加させ、10億年以上前に植物の葉緑体として細胞内共生で取り込まれたのもこのシアノバクテリア(藍藻)の仲間である。3) 植物と同様に酸素を発生させる光合成を行う。

図6 藍藻(Microcystis)によるアオコ


また、渦鞭毛藻類は、中栄養から貧栄養のダム湖で異常増殖し淡水赤潮を発生させる。 従属栄養(細菌や有機物をエサとしてエネルギーを得る)の鞭毛虫が、葉緑体を持つ真核藻類を細胞内に取り込むことによって、植物と同様な光合成(独立栄養)を獲得した生物といわれている。 このため原生動物の仲間として渦鞭毛虫類とも呼ばれる。

図7 渦鞭毛藻(Peridinium)による赤潮


以上のように多様な系統からなる藻類がダム貯水池に出現するが、ダム貯水池の水質を考える場合には、生態的役割と生活様式が重要となる。 このため、これらの藻類を「植物のように酸素発生型の光合成を行う生産者であり、浮遊生活を行う生物」という意味で「植物プランクトン」と呼んでいる。
アオコと淡水赤潮の地域的な発生状況を見ると、アオコは中部地方から九州地方にかけて多く発生しており、淡水赤潮は東北から九州まで広く発生している。
藍藻類が他の藻類に比べ高めの水温を好み、一方、渦鞭毛藻類はそれよりも低めの水温を好みかつ適応水温が広いことを反映しているものと思われる。

図8 藻類の出現温度4)


また、異臭味の主なものとしてカビ臭があり、カビ臭原因物質として、フォルミディウム、オシラトリア等の一部の藍藻や土壌細菌である放線菌が生成する2-MIBと、アナベナ、放線菌等が生成するジェオスミンが知られている。 例えば、漁川ダムでは、放線菌が生成するジェオスミンによりカビ臭が発生し、平成13年から実施された湖沼水質浄化事業(クリーンアップレイク事業)で浚渫と湖水循環が実施された。現在では解消している。

その他の北海道、東北のダムはフォルミディウム(Phormidium)が生成する2-MIBによるカビ臭が主であり、中国、九州のダムはアナベナ(Anabaena)が生成するジェオスミンによるカビ臭が主となっている。 増殖しやすい水温の違いによるものと思われる。
アオコや異臭味の原因となる主な藍藻類を図−9に示す。

図9 主な藍藻


アオコとなるミクロキスティスやアナベナはガス胞を持ち、図−10のように鉛直方向に浮沈する。水温が上がり条件が良くなれば表層を覆い独占的に光合成を行う。 光合成によって生成される炭水化物による膨圧で表層を浮沈し、水温が下がり条件が悪くなると沈降し底泥で休眠する。アナベナのように休眠用の細胞(アキネート)を有するものもいる。 アオコ対策は、これらの種の生存戦略をいかに阻害するかが重要となる。

図10 ガス胞による浮沈の仕組み


【富栄養化対策】

一般に、植物プランクトンが増殖しやすい条件としては、図−11に示す、栄養塩、日射、水温、滞留時間が上げられる。これらの増殖条件を阻害することが富栄養化対策の手段となる。

図11 植物プランクトンが増殖しやすい条件


ダムにおける主な水質保全施設とその目的を図−12に示す。様々な施設が富栄養化対策のために設置されているが、それぞれの機能や効果は異なる。

図12 水質保全施設の目的


富栄養化対策として設置事例の多い施設は浅層曝気設備である。
一般に、夏季の貯水池の水温分布は、水面で最も高く、水深が深くなるにつれて低くなり、水の密度差によって上下の水が混合しにくくなる。このため、水温が急変する水温躍層が形成される。 水温躍層より表層は藍藻類の増殖に適した高水温となり、光が届く有光層内で藍藻類の増殖が活発になる。
この対策として、曝気をすることにより、浅層の循環混合を促進して表層水温を低下させ、藍藻類を有光層以深へ連行する。表層の藍藻類の濃度を希釈する効果もある。

図13 浅層曝気循環設備の効果


浅層曝気装置は、循環混合層を深くすることで藻類の増殖を抑制するため、曝気水深が重要となる。 曝気循環装置の設置事例からは曝気水深は15〜20mに設定することが好ましいと考えられる。 これは、富栄養化現象が生じるようなダム貯水池においては、有光層の範囲となる水深(補償深度)が5〜10m程度となるからである。 補償深度以下に連行された藻類は、光合成による生産量よりも呼吸による消費量が大きくなるため増殖できない。


曝気水深は、深いほど光の制限や表層の水温低下に効果があると考えられるが、あまり深くすると冷水放流の問題が生じ、貯水池底部の栄養塩を表層に巻き上げる可能性も増大する。 これらに留意して決定されることになる。


【参考文献】

1) 柏谷衛 他監修、ダム貯水池水質用語集、(財)ダム水源地環境整備センター編、信山社、2006
2) 桜井善雄、水辺の環境学④ 新しい段階へ、2002
3) 井上勲、微少藻の世界 藻類の多様性 新たな生物の世界が見えてきた、国立科学博物館、2000
4) 天野邦彦,安田佳哉,鈴木宏幸:多目的ダム貯水池の水質と流入河川・貯水池特性との関連について,ダム工学,10(2),2000.