技術講座
講座「ダム貯水池の水質問題」第3回
―濁水長期化現象について―
(財)ダム水源地環境整備センター研究第2部
森川 一郎
【濁水長期化現象】
一般に、降雨等によって生じた自然河川の濁りは長くても数日程度で回復する。しかし、貯水池では流入した濁水を貯留することから、 洪水が終わった後も長期間濁水が放流されることがある。これを濁水長期化現象という1) 。

図-1 濁水長期化現象
【濁水の発生要因】
貯水池に流入する濁水が発生する要因は、主に出水による土壌等の侵食であるが、渇水時に貯水池の水位低下に伴い貯水池末端の堆積土砂が洗い出されて濁水が発生することがある。 後者を渇水濁水という。

図-2 濁水の発生要因
土砂生産が多く貯水池への流入土砂や濁水の原因となりやすい荒廃地域の分布を図−3に、渇水濁水のメカニズムを図−4に示す。

図-3 重荒廃地域、一般荒廃地域の分布(出典:砂防便覧)

図-4 渇水濁水のメカニズム
【濁水長期化の要因】
貯水池から放流される濁水が長期化しやすい要因としては、大きく、濁質自体の沈降しにくさと、貯水池の水の入れ替わりにくさがある。

図-5 濁水長期化の要因
一般に、細かい粒子や薄片状のものは沈降しにくい。単一球形粒子の沈降速度を表すストークス(Stokes)式でみると、粘土と同程度の粒径(1μm〜5μm)の単一球形粒子は一日に約8cm〜2m(図−6)の沈降速度である。 粒子が細かくなれば極端に沈降速度が遅くなり濁水長期化の原因となる。

図-6 ストークス式による沈降速度
年回転率が大きく水の入れ替わりが速い混合型の貯水池では、流入水により比較的短期間で貯水池の濁度が減少する。一方、年回転率が小さい貯水池では、
水の入れ替わりが少ないため貯水池の高濁度状態が継続しやすい。このような年回転率が小さい貯水池は成層化しやすく、洪水規模により濁水の混合状況が異なる。
これを洪水時の回転率(洪水時回転率β=1洪水総流入量/総貯水容量)でみると、
①小規模洪水(β<<1):成層は破壊されず中層密度流として濁水が貯水池に進入し、やがて濁水が放流される。
②中規模洪水(β=0.5〜1):成層は大きく破壊されず、やや低下する程度。放流や濁質の沈降により、次第に放流濁度が低下する。
③大規模洪水(β>1):成層が破壊され全層濁水化する。濁質の沈降によって徐々に澄むが、長時間を要する。循環期に及べば濁水が再浮上し長期化することとなる。



図-7 洪水規模と貯水池の挙動
【濁水長期化現象の影響】
濁水長期化現象は、景観上の障害、水産資源、農業用水、上水処理、生態系への影響等が懸念される水質問題であるが具体的な障害について定量化して表すことは一般に困難である。
生態系への影響としては、付着性藻類や底生動物の減少や魚類の忌避行動などがあげられる1)。
水の濁りに関しては、河川のSSの環境基準が定められ(AA〜B類型:25mg/l)、河川における水産用水基準もSSで25mg/l以下となっている。
濁度については環境基準が定められていないが、ダムの濁水対策として10度程度を目安としている例が多い。表−1に種々の利用面からの社会的な要請水質を示す
表-1 利用面からの社会的要請水質

* 水環境管理に関する研究(建設省土木研究所)
【濁水長期化対策】
濁水長期化現象に関する対策は、表−2に示すように流域対策から流入対策、貯水池内対策と多岐にわたる。
表-2 濁水長期化対策

以下に、選択取水設備とフェンスを用いた対策の事例を示す。
(a)平常時
選択取水設備で段階的に取水位置を低下させ、水温躍層を洪水吐付近に制御する。

図-8(1) 選択取水設備とフェンスによる対策事例(平常時)
(b)洪水時
躍層付近に流入した濁水を洪水吐から放流、選択取水位置を濁水ピーク層と合わせ早期排除を図る。

図-8(2) 選択取水設備とフェンスによる対策事例(洪水時)
(c)洪水後
表層取水に切り替え濁水長期化現象の短縮を図る。

図-8(3) 選択取水設備とフェンスによる対策事例(洪水後)
選択取水設備による対策を実施するためには、あらかじめ流入水や貯水池内の濁度に応じた選択取水の運用方法を定めておくとともに、運用段階において貯水池内の水温・濁度分布を監視しながら運用方法の検証を行っていくことが必要である。
【参考文献】
1) 柏谷衛 他監修、ダム貯水池水質用語集、(財)ダム水源地環境整備センター編、信山社、2006