技術講座
講座「モニタリング」
〜クマタカを例に〜
(財)ダム水源地環境整備センター研究第3部
船橋 昇治
【はじめに】
一般に「モニタリング」とは、監視・追跡のために行う観測や調査のことで、継続監視とも言われる。大気質や水質の継続観測や、植生の経年的調査などが代表的なモニタリングである。 ダム事業などの環境影響についても、環境アセスメントの予測評価を検証する意味も含めて、継続観測・調査が行われるが、これもモニタリングの一つである。
国土交通省河川局では、管理段階のダム等(ダム、堰、湖沼水位調節施設)について、一層適切な管理を行うことを目的として、「ダム等管理フォローアップ制度」を平成8年2月から試行し、平成14年7月から本格的に実施している。 このフォローアップ制度では、管理段階における洪水調節実績、環境への影響等の調査を行い、調査結果を客観的、科学的に分析することとしている。また、調査・分析に当たっては「フォローアップ委員会」を設け、意見をいただくこととしている。 フォローアップの対象となるダム等には、国土交通省及び独立行政法人水資源機構所管の管理ダム等が含まれるほか、試験湛水中のダムなどモニタリング調査を強化することが必要とされるダム等も含まれている。
本稿では、「ダム等管理フォローアップ制度」について概説するとともに、希少猛禽類であるクマタカを例に、工事期間中及び完成後の調査の考え方を紹介する。
【1.フォローアップ制度】
1.1 フォローアップ制度の構成
フォローアップ制度は、洪水調節実績、環境への影響等を調査・分析する「フォローアップ調査」、この調査・分析の実施に当たって意見をいただく「フォローアップ委員会」、 試験湛水中のダムなどモニタリング調査を強化することが必要とされる施設についての「モニタリング調査」、この調査に当たって意見をいただく「モニタリング部会」で構成されており、地方整備局ごとに実施されている。
フォローアップ対象施設は、国土交通省及び独立行政法人水資源機構が所管する、管理段階の全てのダム等である。委員会は学識者等で構成され、原則として公開で審議が行われる。
図-1 フォローアップ制度の構成
1.2 フォローアップ制度の位置づけ
フォローアップ制度創設後、平成11年6月には環境影響評価法が施行され、それまでの閣議アセスメントから、対象事業規模、評価項目等の拡充、事後調査の追加などが行われた。 また、平成11年8月には一連の公共事業評価システムに事後評価が追加され、公共事業の事業効果などを事業完了後にフォローアップすることとなった。
フォローアップ制度は、これらのシステムに先行して進められていたため、事後評価も兼ねるとともに、環境アセスメントの事後調査としての機能をも有している。
また、フォローアップ制度では、フォローアップ調査、モニタリング調査を行い、結果について分析するだけではなく、各々の課題の洗い出しを行い、必要に応じ対策を提案することとしている。
図-2 フォローアップ制度の位置づけ
1.3 フォローアップ調査の内容
フォローアップ制度では、地方整備局等において、対象施設に係る調査を行うこととしている。調査内容としては、河川の環境に関する項目として水質、生物、堆砂状況の調査、ダム事業の事業効果に関する項目として 洪水調節実績や利水補給実績の調査、地域社会への影響に関する項目として水源地域動態調査があり、各ダムごとに調査が進められている。
表-1 フォローアップ調査の主な項目
【2.モニタリングの視点】
ダム事業におけるモニタリングには、「1.フォローアップ制度」に記述したモニタリング調査や、環境影響評価法に基づき実施される「事後調査」の一部が含まれるほか、事業者が環境保全に配慮するために自主的に実施する調査も含まれており、 主に以下に示す2つの視点から実施されている。
・ダム事業による影響の程度の把握
・環境保全措置の効果の把握
モニタリングの結果は、当該事業の環境への影響をより低減するために活用されるとともに、他の事業における環境影響の予測・評価や環境保全措置の検討の際にも活用されている。
なお、フォローアップ制度の中に位置づけられているモニタリング調査は、フォローアップ調査の一環として、建設後期から管理初期段階までの移行段階において、環境の変化などを、 フォローアップ調査の内容よりも詳細に分析・評価するために実施される調査であり、試験湛水を実施するダム等においては、試験湛水を開始する年度の前の年度から実施されている。
表-2 モニタリング調査の項目(月山ダムの例)
【3.猛禽類のモニタリング】
ダム建設に伴う環境に及ぼす影響については、調査・予測・評価を行い、環境に与える影響を回避、低減または代償するための対策が取られている。 影響を検討する環境要素は、水質、動物、植物等多岐にわたっており、生態系も重要な環境要素の一つである。
ダム事業が生態系に及ぼす影響の予測・評価にあたっては、「上位性」という観点から食物連鎖の上位に位置する種を「注目種」として選定し、当該種に及ぼす影響の予測・評価が行われている。 日本のダム事業においては、猛禽類が生態系上位性の注目種として選定される場合が多い。特にクマタカ Spizaetus nipalensis (Hodgson, 1836)は、 自然度の高い森林環境を指標する種として国民の関心も高く、ダムが建設される地域に生息していることが多いことから、しばしば注目種として選定されている。
クマタカは、日本では全国的に広く分布し、主に山地森林域に留鳥として生息しており、ノウサギ、ヤマドリ、ヘビなど様々な動物を餌としている(環境省, 2002)。また、環境省レッドデータリスト(2006)で絶滅危惧ⅠB類に指定されている。
【クマタカ】
Spizaetus nipalensis(Hodgson, 1836)
クマタカの行動圏については、その内部構造がクマタカ生態研究グループ(2000)により、以下のように定義されている。
・コアエリア:行動圏の中で相対的に利用率の高い範囲(周年の生活の基盤となる範囲)
・繁殖テリトリー:繁殖期に設定・防衛されるテリトリー(ペア形成・産卵・育雛のために必要な範囲であり、繁殖期に確立されるテリトリー)
・幼鳥の行動範囲:巣立ち後の幼鳥が独立できるまでの生活場所
ダム事業によるクマタカへの影響については、上記の行動圏内部構造と事業による改変箇所や工事実施箇所とを重ね合わせることにより、行動圏内部構造の変化や繁殖活動への影響が生じる可能性について予測を行っている。
クマタカのモニタリングは、事業による影響の予測結果の検証・確認を目的とするとともに、対策置の効果の検証や必要な追加の対策を検討することも目的としている。
図-3 【クマタカの行動圏内部の構造モデル】
(ダム水源地環境整備センター (2009))
なお、クマタカのモニタリングは、工事期間中の調査と完成後の調査とに区分される。前者は、工事中の影響の予測結果を検証・確認するとともに、工事の進行に伴い対策の追加・修正が必要かどうか確認するために実施するものである。 後者は、ダム完成後の影響の予測結果を検証・確認するために実施するものである。
フォローアップ制度におけるモニタリング調査との関係では、工事期間中の調査の一部とダム完成後の調査が、モニタリング調査に該当することになる
図-4 【クマタカの調査の位置づけ】
(ダム水源地環境整備センター (2009))
3.1 工事期間中の調査の考え方
工事期間中の調査は、環境影響の予測・評価が終了していることが前提であり、工事期間中のクマタカのデータを収集することにより、予測結果を検証・確認するとともに、工事の進行に伴う対策の追加・修正が必要かどうか確認するために行う。
そのため、つがいごとに予測されている影響の程度の確認や、つがいの行動データに基づき、工事の実施の仕方を決定するための調査など、対象とするつがいと調査の目的に応じて調査内容が異なる。
工事期間中の調査は、事業関連つがい(当該事業による工事区域や湛水区域などが、クマタカのコアエリア内に含まれるつがいをいう)を対象に実施する。
図-5 【つがいの生息状況と事業との関係の例】
・事業関連つがい:Aつがい、Bつがい、Cつがい
・事業による影響が予測されるつがい:Aつがい、Bつがい
・「工事工程等の見直し」が不可能なつがい:Aつがい
・「工事工程等の見直し」が可能なつがい:Bつがい
・事業による影響が予測されないつがい:Cつがい
・事業関連つがい以外:Dつがい
工事期間中の調査内容は、「工事による影響が予測されるつがい」、「工事による影響が予測されないつがい」などのつがいの区分に応じて選定する。 つがいの区分については、予測・評価の結果や専門家の意見に基づき決定する。なお、調査計画は、つがいごと、繁殖シーズンごとに立案する。 そのため、ここでいう「工事」とは、当該繁殖シーズン中に実施される工事を指している。
図-6 工事期間中におけるクマタカの調査内容の選定手順
表-3 工事期間中におけるクマタカの調査内容の概要
| 調査時期 | 行動圏内部構造の変化の把握調査 | 繁殖状況の把握調査 | 産卵の確認調査 | 繁殖成否の確認調査 | |||
| クマタカのコアエリアの変化を調査 | クマタカの繁殖テリトリーの変化を調査 | クマタカの幼鳥の行動範囲の変化の調査 | |||||
| 求愛期 | 調査回数 | 1回以上 | 1回以上 | ||||
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 |
・繁殖テリトリー ・狩り場 |
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| 造巣期 | 調査回数 | 1回以上 | 1回以上 | 1回以上 | 産卵期に2回以上 | 1回以上 | |
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 ・営巣地(巣の位置の推定) |
・繁殖テリトリー ・狩り場 ・営巣地(巣の位置の推定) |
・営巣地(巣の位置の推定) ・繁殖状況(交尾、造巣行動等) |
・産卵の確認 | ・営巣地(巣の位置の推定) ・繁殖状況(交尾、造巣行動等) |
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| 抱卵期 | 調査回数 | 1回以上 | 1回以上 | 1回以上 | |||
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 ・営巣地(巣の位置) |
・繁殖テリトリー ・狩り場 ・営巣地(巣の位置) |
・営巣地(巣の位置) ・繁殖状況(産卵、抱卵) |
||||
| 巣内育雛期 | 調査回数 | 1回以上 | 1回以上 | 1回以上 | |||
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 ・営巣地(巣の位置) |
・繁殖テリトリー ・狩り場 ・営巣地(巣の位置) |
・営巣地(巣の位置) ・繁殖状況(育雛) |
||||
| 巣外育雛期 | 調査回数 | 1回以上 | 巣立ち後から翌年の2月までに数回 | 2回以上 | 2回以上 | ||
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 |
幼鳥の確認位置 | 繁殖状況(巣立ち) | 繁殖状況(巣立ち) | |||
| 非繁殖期 | 調査回数 | 1回以上 | |||||
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 |
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3.2 ダム完成後の調査の考え方
ダム完成後の調査は、ダムの存在・供用時のクマタカのデータを収集することにより、事業による影響の予測結果の検証・確認を行うために実施する。事業関連つがい(当該事業による貯水池や付替道路などが、 クマタカのコアエリア内に含まれるつがいをいう)を対象として、試験湛水開始の1年前から、ダム完成後5年間の期間を基本として実施する。
ダム完成後の調査内容は、「貯水池の出現等による影響が予測されるつがい」、「貯水池の出現等による影響が予測されないつがい」などのつがいの区分に応じて選定する。 つがいの区分については、予測・評価の結果や専門家の意見に基づき決定する。なお、調査計画は、つがいごと、繁殖シーズンごとに立案する。
図-7 【ダム完成後のクマタカの調査内容の選定手順】
表-4 ダム完成後のクマタカの調査内容の概要
| 調査時期 | 行動圏内部構造の変化の把握調査 | 繁殖状況の把握調査 | 繁殖成否の確認調査 | |||
| クマタカのコアエリアの変化を調査 | クマタカの繁殖テリトリーの変化を調査 | クマタカの幼鳥の行動範囲の変化の調査 | ||||
| 求愛期 | 調査回数 | 1回以上 | 1回以上 | |||
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 |
・繁殖テリトリー ・狩り場 |
||||
| 造巣期 | 調査回数 | 1回以上 | 1回以上 | 1回以上 | 1回以上 | |
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 ・営巣地(巣の位置の推定) |
・繁殖テリトリー ・狩り場 ・営巣地(巣の位置の推定) |
・営巣地(巣の位置の推定) ・繁殖状況(交尾、造巣行動等) |
・営巣地(巣の位置の推定) ・繁殖状況(交尾、造巣行動等) |
||
| 抱卵期 | 調査回数 | 1回以上 | 1回以上 | 1回以上 | ||
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 ・営巣地(巣の位置) |
・繁殖テリトリー ・狩り場 ・営巣地(巣の位置) |
・営巣地(巣の位置) ・繁殖状況(産卵、抱卵) |
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| 巣内育雛期 | 調査回数 | 1回以上 | 1回以上 | 1回以上 | ||
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 ・営巣地(巣の位置) |
・繁殖テリトリー ・狩り場 ・営巣地(巣の位置) |
・営巣地(巣の位置) ・繁殖状況(育雛) |
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| 巣外育雛期 | 調査回数 | 1回以上 | 巣立ち後から翌年の2月までに数回 | 2回以上 | 2回以上 | |
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 |
幼鳥の確認位置 | 繁殖状況(巣立ち) | 繁殖状況(巣立ち) | ||
| 非繁殖期 | 調査回数 | 1回以上 | ||||
| 主な調査目的 | ・コアエリア ・狩り場 |
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【参考】
当センターは、ダム事業におけるイヌワシ・クマタカの調査方法をマニュアルとしてとりまとめ、平成13年に「ダム事業におけるイヌワシ・クマタカの調査方法」を発刊しました。 当時、ダム事業に関してイヌワシ・クマタカの調査が本格的に行われつつありましたが、特にクマタカについての調査方法が確立されていなかったことから、 調査内容や調査方法が事業によって様々でした。このような背景から、初版では、ダム事業がイヌワシ・クマタカに及ぼす影響を予測・評価するために必要な、ダム建設前の調査内容を整理しています。 この初版により、全国レベルで一定の調査精度が確保できたことの意義は大きいものと考えております。
近年、全国のダム関係者から、ダム建設前だけではなく、工事期間中及び存在・供用時の調査方法についても調査マニュアルが欲しいという要望があったことから、 初版の内容に、ダムの工事期間中及び存在・供用時における調査方法を新たに加えて、改訂版として平成21年2月に発刊しました。 改訂版では、生態系の保全という目的を確実に遂行するために、イヌワシ・クマタカの生活史に応じて必要となる調査を具体的に盛り込むとともに、初版の内容に関しても最新の情報や知見を追加しております。 本改訂版の発刊がダム事業におけるイヌワシ・クマタカの調査の的確な実施と生態系の保全につながることと確信しております。
【参考文献】
1.クマタカ生態研究グループ>(2000):クマタカ・その保護管理の考え方
2.柏原聡・名波義昭(2005):ビデオモニタリングによるクマタカの繁殖生態解析, ダム技術No.233, 28-39
3.名波義昭・田悟和巳・鳥居由季子・柏原聡(2006):クマタカ Spitaetus nipalensis の狩り場環境の推定, 応用生態工学会, July 2006 Vol.9 No.1
4.環境省(2002):改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物 鳥類, 100-101
5.ダム水源地環境整備センター(2004):ダム等管理フォローアップ制度について
6.ダム水源地環境整備センター(2009):ダム事業におけるイヌワシ・クマタカの調査方法〔改訂版〕