水源地紹介

本庄水源地 (本庄ダム) 広島県呉市

2008.07掲載


▲本庄水源地

▲レイパーク本庄

●イベント
一般開放(毎年桜開花頃の一定期間)

●おみやげ
音戸ちりめん、塩製品、海草類、みかん

●交通
(バス利用)JR呉駅から昭和支所経由・熊野団地行き市営バスで約30分「本庄」で下車。徒歩2~3分



■本庄水源地 ~稼働する水道施設で初の国重要文化財~

呉市水道局 総務課 西部知宏


 本庄水源地は、1918(大正7)年に呉鎮守府(ちんじゅふ)水道の貯水池として築造され、堰堤部分の長さが97m、高さが25mで、当時としては東洋一の規模を誇っていました。

 呉の水道は、旧海軍専用水道として1890(明治23)年に横浜市、函館市に次いで全国で3番目に給水が始まっていましたが、この本庄水源地の築造により、軍用の余水が呉市に分与され、市民給水が全国で34番目に始まりました。戦後は旧海軍の水道施設すべてを呉市が引き継いでいます。また、1999(平成11)年に、稼働している水道施設としては全国初の国の重要文化財(堰堤、丸井戸、階段、第一量水井)に指定され、2005(平成17)年にはダム湖百選にも選定されました。桜が見頃となる春には一般開放をし、市民の憩の場となっています。

 水源地の一部には、ピクニック広場「レイクパーク本庄」があり、園内には芝生が広がり190本の桜や、もみじ、ケヤキなどがあります。また、呉港の近くには、当時の技術の粋を集めて建造された戦艦大和の10の1模型を展示し、海軍と造船の歴史を紹介している「呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)」や日本で初めて実物の潜水艦の内部を見学できる史料館「てつのくじら館」があり、呉の歴史の一端を垣間見ることができます。

 食べ物では、東郷平八郎元帥が生みの親である「肉じゃが」の発祥地(舞鶴市と論争を繰り広げています。)とされ、名物の「細うどん」、瀬戸内海の小魚やカキなどおいしいものがたくさんあります。 平成17年に周辺8町と合併を終えた新呉市は、各地に史跡・名勝・名物などが多数ありますので是非、一度呉にきてみてクレ!






■旧海軍が築造した水道施設「本庄ダム」~水不足に悩む呉市民に貴重な水を供給して~

 1.本庄ダムのあらまし

 本庄ダムは、旧海軍により呉鎮守府水道(旧軍港水道)の水源として二河(にこう)川上流にある現在の呉市焼山北に築造されました。 ダムは重力式石張りコンクリート造で、その規模は堤高25m、堤頂長97m、総貯水容量196万m3であり竣工当時東洋一を誇りました。 戦後になって、本庄ダムを含む水道施設は旧軍港市転換法(昭和25年6月公布)に基づき昭和28年10月呉市に無償譲渡され管理されています。
▲本庄水源地
(呉市水道局提供)

 2.呉市の水道

 呉市の水道の始まりは、明治23(1890)年の二河川を水源とする呉鎮守府水道の開設からでした。当時は、軍専用であり市民はこの水道の恩恵は受けられませんでした。 明治44(1911)年頃は、日露戦争後の海軍拡充期にあたり、艦艇や海軍工廠で使う水が多くなり軍港施設での水需要が急膨張しました。 これに対応するため、軍港水道増設計画が立案され、海軍により本庄水源地の建設が着手されました。 建設工事は大正元年に始まり5年10ヶ月を要し、大正6(1917)年
▲堰堤
にダム本体が、翌年大正7年(1918年)に付帯設備が完成しました。本庄水源地完成を機に長年水道を待ち望んでいた呉市民への水供給が「呉鎮守府水道」からの余水分与という形で開始されました。 呉市は、これを水源とし、平原浄水場から市民に給水を開始しました。給水開始当初の浄水能力は、15,000m3/日でした。その後、さらなる海軍関係や住民人口の増加による水需要増に応えるため、呉市は三永(みなが)水源
▲堰堤正面(下流から)
地の建設に着手しました。こうして、昭和18(1943)年になりようやく呉市の水不足が本庄、三永と2つの水源地の完成により解決に至りました。 現在呉市は、その後の水需要の増大に伴い整備・拡充を順次実施し、本庄水源地に加え太田川からの供給により、合わせて約140,000m3/日の給水能力を有し各家庭に供給しています。

 3.創意工夫あふれる施設

 旧海軍によって造られた本施設には、水道水を安定してまた良質な水質を確保するため創意あふれる工夫がなされています。貯水池上流端には取水堰が設けられており、河川水は通常時堰から導水路を通り貯水池に流入しますが、洪水時には堰に設けた可動板が倒れ、 付け替え河川に濁水が全て放流され貯水池内には流入しないよう工夫されています。取水された水は第一、第二沈砂池で土粒子を沈降させ貯水池に導かれますが、貯水池流入口にもゲートが設けられておりここからも流入濁水、 土砂を排出させることが可能な構造となっています。濁水バイパスの概念がすでにこの当時から採用されており、さらに二重の備えがとられています。 堰堤からの越流を防止する余水吐(溢流堤)は、堰堤から約650m上流の付け替え河川に最も近い位置に設置されています。堰堤下流には、丸井戸が設置されており貯水池の水が不足する際には河川から直接取水することも可能にしています。 このように、安定して品質の良い水を確保するために多くの箇所に当時の英知が結集されていることが伺われます。

 4.稼働する施設として全国で初めての国の重要文化財

本庄水源地の施設は歴史的・芸術的な価値も高く、稼働する施設としては全国で初めて国の重要文化財に平成11年に指定されています。指定された施設は(1)堰堤(堰堤本体、取水塔からなる)、(2)丸井戸、(3)第一量水井、(4)階段の4施設です。 さらに関連施設である、二河水源地取水口、三永水源地堰堤、宮原浄水場低区配水地、平原浄水場低区配水池も当時を物語る貴重な施設として国の登録有形文化財に選ばれています。

 5.市民の憩い処として

 水源地は桜の開花時期には一般開放され、たくさんの市民が訪れ、憩いの場として親しまれています。切石積みのダム堤体の重厚さと皇居周辺と同じ「ねじれ松」の植生など絶妙な景観の調和を楽しむことができます。また、学習の場としても小学校などから施設見学に訪れ、水道に関する知識を学ぶ場として多いに活用されています。




参考文献
呉市水道局ホームページ
呉市水道史第1巻 呉市水道局 1960年 
二河水源地取水口(上部に「呉鎮守府水道」の標石)