シリーズ「ダム管理所長に聞く」の開始について

洪水被害を低減させるための防災操作、用水や発電のための放流、これらを安全に行うための巡視や安全対策、関係機関との調整、ダムの機能を確実に発揮させるための施設の維持管理、職員の継続的な教育や訓練、地域活性化への取り組みやPR、住民とのふれあい等。ダムを管理する所長は適切な管理のために気を休める間もないことでしょう。特に近年の気候変動による降雨状況の変化や、ダム操作に対する注目の高まり、観光や地域振興のリソースとしてのダムへの期待等に応えるため、常に創意工夫されていることと思います。

このように常時適切なダム管理に取り組む所長さんたちに、ご自分の管理するダムの魅力や取り組みを率直に語っていただき、一般の皆様に情報提供差し上げると共に、ダム管理所長相互の情報共有の場とするため、シリーズ「ダム管理所長に聞く」をスタートします。

(聞き手:WEC名古屋事務所可児)

伊勢湾台風を契機に建設された蓮ダム

(WEC)
今回からシリーズ「ダム所長に聞く」がスタートしました。記念すべき第1回どうぞ宜しくお願いします。それでは初めに蓮ダムの御紹介からお願いします。

(森所長)
うちのような三重県にある小さなダムがシリーズの第1回に選ばれて非常に光栄です。では蓮ダムについて紹介します。

蓮ダムは、櫛田川水系蓮川に建設された、堤高78m、総貯水容量 3,260 万 m3の重力式コンクリートダムです。櫛田川の「防災(洪水の貯留)」、「流水の正常な機能の維持」、「水道用水の確保」、「発電」を目的とした多目的ダムで、昭和 34 年 9 月の伊勢湾台風による櫛田川流域被害を契機に、昭和 37 年度に予備調査を開始し、昭和 46年度から実施計画調査、昭和 49 年度より建設事業に着手し、20 年の歳月を経て平成3 年 10 月から運用を行っています。


事前放流をスタンダードに

(WEC)
いきなりですが、近年各地で大きな被害をもたらす水害が毎年のように発生し、昨年の西日本豪雨や今年の台風19号などでダムによる洪水調節のあり方が注目されています。蓮ダムではこのようなこれまで記録していなかった様な降雨に備えて工夫とかされていることはありますか?

(森所長)
蓮ダムでは、昨年度から「事前放流」を多用して、流入量が増加する前により多くの洪水調節容量を確保するように努めており、昨年度は3回、今年度も3回実施しました。特に今年度台風10号では、最大で夏期制限水位より5メートル下げて、約300万m3の容量を増加させて洪水を迎えましたが、幸いにも台風の直接の影響を免れた空降り洪水に終わりました。

蓮ダムの集水面積は80.9km2と小さいため「事前放流」は利水容量の回復を心配される利水者のご理解を得なくてはなりません。台風10号は空振り洪水であり、洪水調節での貯留はありませんでしたが、約1.5日で貯水位を回復することができました。放流量をもっと絞れば、もっと早く回復させることができたと反省しています。この実績から利水者の方には「事前放流」への不安や抵抗感が少し薄らいだのではないかと思います。

今年度の、2回目、3回目も1回目ほど水位を下げませんでしたが「事前放流」を行いました。結果的にこの2回も流入量が計画最大放流量まで達することはなく、いわば空降りの出水でしたが、この2年間で、蓮ダムでは「事前放流」は少しずつですがスタンダードな操作になって来たと感じています。今年度の結果をしっかり説明して、更なる理解、協力を頂けたらと思っています。

住民理解のための積極的なPR活動

(WEC)
非常に苦心されてダム管理をされているわけですが、このような特別な操作をするには受益者である住民の方々に広く理解していただく必要があると思います。そのためにどのようなことに気を使っておられますか?

(森所長)
ダム操作に対して理解していただくためのPRを積極的に行う必要があると考えています。

まず行政の職員の方でもダムの細かな操作まで理解されている方は多くないと思います。今年は松阪市職員の方延べ100名に対して出前講座を実施したほか、11月末には多気町の職員20名の方にダムに来ていただき、説明会を行いました。

調査測量や工事の業者の方にもダムの見学会を実施しています。

玄関に貼られたダム案内のお知らせポスター

一般住民の方向けとしては、地元ショッピングセンター、文化祭で蓮ダム工事の写真展と合わせ、ダム操作の説明をしたり、松阪市秘書広報課を通じての地域・学区・クラブ毎の各種集まり単位でのダム見学の受け入れを行っています。

また、ダムに立ち寄られたダム訪問者がいれば、できる限りダム見学に誘導しています。ほぼ押し売りの状態ですね。ダムの監査廊や操作室も見学できるということで、結構多くの人に喜んで頂いています。見学の後で「よくわかった」と言ってもらえた時はこちらも大変うれしく思いますね。たまに話を聞いていただいた方からの口伝えで訪問いただける方もみえます。


ダムの説明は基本からしっかりと

(WEC)
説明にあたって特に気を使っている点があれば教えてください。

(森所長)
なかなか難しいことですが、ダムの説明のポイントは基本的な事からしっかりお話しする事だと思います。そのために簡単な漫画を使って説明させていただいています。

ダム建設工事の状況を説明

昨年の愛媛の肱川、今年の東北、北陸の災害など、記憶に新しいので、一般の方もダムの操作についての関心が非常に高いです。みなさん「緊急放流」と言う言葉がはびこっているので、異常洪水時防災操作についてもたくさん質問されます。このような質問に対してしっかり、洪水調節のグラフを使って丁寧に答える事が重要だと思います。個人的に「緊急放流」という言葉が相応しい表現ではないと思っていますので・・・。

ただ、ダム操作の話だけでは飽きてしまうので、設計や工事の話も昔の写真や図面を使って話しています。「バイパストンネルの話」「原石山のグローリーホールの話」「両端移動のケーブルクレーンの話」「左右岸ともカーテンリムグラウトが90度曲がっている理由」「付け替え道路や水没家屋の話」。など、非常にマニアックな話と思われるかもしれませんが、時間がある限りお話しすると皆さん食いついて来てくれます。専門的なことを漫画や写真を使ってお話すると大変喜んでいただけます。みなさんやっぱりダイナミックなダム工事のことが好きですし聞きたいんでしょうね。ダムの専門用語なんかが理解できると、何か「ものしり」になった気分になって人に自慢したりするんでしょうかね。そこら辺を突っついてあげてます。


28年間未公開の工事用トンネルを公開

28年間閉ざされていたトンネルを初公開

(WEC)
建設にあたっての苦労話などはとても重要だと思います。

蓮ダムならではの目玉を活かした取り組みはされていますか?

(森所長)
蓮ダムには、長島ダム(大井川)のSLやアプト式鉄道、丸山ダム(木曽川)の杉原千畝、小里川ダム(庄内川)のおばあちゃん市、横山ダム・徳山ダム(揖斐川)の日本一の6億6千万トンの大容量など、近隣の目玉や突出した特徴が一切ありませんので、ガチンコの説明でPRするしかありません。

ネタ不足の中で唯一のオプションが、今回のバイパストンネルの公開、活用です。既に、いろいろなダムで活用が報道されていますが、この三重の松阪市の近隣では少しばかりインパクトがあったようです。ローカル紙の「夕刊三重」さんに上手に記事にしていただきました。いろいろな知恵を出して、この2本の長大なトンネル空間を上手に活用して、蓮ダム水源地域の活性化に繋げられたらと思います。蓮ダムや地元のPR、集客になる活用方法であれば、活用に係る規制や条件の緩和といった柔軟な対応を考えることも必要になるでしょう。

ダムを背景にコンサート

11月10日、旧の飯高町がメインで実施した「ふれあいフェスティバル」では、バイパストンネルの開放の他、ダム下流面でのアマチュアバンド(金管楽器)のコンサート、ニードルジェットバルブからの放流などダムのイベントとして昨年にプラスした取り組みを実施し、500人の方に来場いただきました。

今回のフェステイバルでは、スタンプラリー形式で蓮ダムに4つのポイントを設置し、探検ウォークをしていただきました。ポイントで何もイベントをしなかったらただのポイント稼ぎの通過点で終わってしまうので、何とかダムのことをわかってもらえる方法はないかと管理所職員でアイデアを出し、ジェットバルブからの放流量を2ℓペットボトル、一升瓶、ドラム缶、1トン土嚢と比較するクイズで楽しんでいただきました。またバイパストンネルの探検も、トンネルを作った理由、今どうして70mの水圧のかかったダムの貯留水が漏れてこないか、といった少しマニアックなこともしっかり説明して理解していただいた上で、一人に1個ずつの懐中電灯を渡して探検していただきました。


どんなことでもお答えする「変なダム親父」

(WEC)
最後に森所長の抱負を一言お願いします。

「変なダム親父」と称される森所長

(森所長)
ダムの設計、工事、管理と今まで携わって来たことが説明している自分の自信になっていることが大きいです。

先ほども言いましたが、最近は、若干ですが口伝えでダム見学に来ていただける人も増えて来たと感じてます。蓮ダムに来ると「変なダム親父」からなかなか面白い話が聞けるぞとPRしてもらっているようです。

ダムの操作に関しても益々高度な対応が期待されるようになってきています。新しいダムやハードでのパワーアップはなかなか難しい時代になってきていますので、既設の限られた容量を「賢く柔軟に」使う工夫が求められます。微力ですがダムのことを少しでも多くの人に理解いただけるように頑張ってまいります。

(WEC)
森所長、お忙しい中本当にありがとうございました