(聞き手:水源地環境センター 名古屋事務所 可児)
(WEC)
「ダム管理所長に聞く」第49回は、十勝川水系の水力発電所の管理を行っている北海道電力(株)新得水力センターの宮崎所長にお伺いしました。宮崎所長、どうぞよろしくお願いします。
では、はじめに新得水力センターの概要についてご紹介下さい。
(宮崎所長)
十勝川(1級河川)は、その源を大雪山連峰十勝岳(標高2,097m)に発し、山間渓谷を流れて十勝平野の西北端新得町屈足に出ます。その後、佐幌川、芽室川、美生川、然別川などを合わせて帯広市を流下し、さらに音更川、札内川、利別川などを合わせて豊頃町大津において太平洋に注ぐ、流域面積全国第6位(9,010km2)、流域延長156kmの日本有数の大河です。
上流域には、大雪山、阿寒摩周および日高山脈襟裳十勝の3つの国立公園があり、豊かな大自然に囲まれた十勝平野から見る山脈は壮大な風景となっています。また、支川の札内川を中心に日本では北海道と長野県上高地に分布しているケショウヤナギの群生地が見られます。
明治以降の開拓と十勝川の恵みにより、十勝平野は日本を代表とする畑作・酪農地帯として発展し、北海道らしい広大な農村風景が広がっています。また、水産資源が豊富で、サケ・マスが川をのぼる様子が見られる千代田堰堤(池田町)には多数の観光客が訪れています。さらに、いかだ下りや花火大会など年間を通じて多くのイベントや、人と自然の共生をテーマとした「十勝エコロジーパーク」など、地域の特性を生かし十勝川を軸とした一層の発展が今後も期待されています。
図-1 十勝管内図
(宮崎所長)
当社新得水力センターでは、十勝川水系の「十勝川系」と「然別川系」で合計7発電所を管理しています。十勝川系は、ダム水路式の富村発電所、新得発電所、新岩松発電所、およびダム式の十勝発電所で構成されています。一方、然別川系は然別湖を水源とした水路式の然別第一発電所、然別第二発電所、然別第三発電所で構成されています。新得管内で最大出力を誇る富村発電所をはじめ、7発電所合計で151,700kWの出力で日々、運用しております。
これらのダムおよび発電所の管理は、所長1名、発電課11名、土木課10名、グループ会社のほくでんエコエナジー(株)社員4名の合計26名で管理しています。
また、十勝川系の岩松ダムの上流には北海道開発局が管理する「十勝ダム」、下流には電源開発(株)が管理する屈足ダムが位置しており、お互いに連携しながら管理しています。
図-2 十勝水系模式図
表-1 各ダムの諸元
写真-1 富村ダム全景
(WEC)
続いて、十勝川における北海道電力株式会社の電源開発の歴史についてご紹介ください。
(宮崎所長)
日中戦争下の非常時の体制に突入した矢先の1938年4月、「日本発送電株式会社法」が公布され、それに基づいて、日本の電力の需給を統制するために設立された「日本発送電株式会社」が、北海道で最初に建設を試みたのが岩松発電所であります。
創立早々の日本発送電(株)は、非常に優秀な技術者を擁していたこともあって、岩松ダムの建設に当っても世界的水準の技術を駆使していました。例えば、重力式ダムの全てのコンクリートの生成について、骨材の状況に見合うセメント等の配合技術で、強度を一定化するということも初めてなされました。
岩松発電所は、1942年1月に竣工し、最大出力12,600kWの発電が開始され、道東の産業発展に大きな役割を果たしました。
その後、1951年の電力事業の再編成により、当社へ引き継がれました。次に、然別系の発電所の建設を計画し、北海道電源拡充計画の一つとして、標高804mの然別湖を貯水池として利用するもので、ここで調整した水をシイシカリベツ川の水と合わせ、逐次十勝川へ導水し、この間生じた約500mの落差を利用した然別第一、第二、第三発電所を建設し、1953年に発電を開始し、戦後の電力不足の解消に大きな役割を果たしました。然別第三発電所は、1956年に完成した十勝川の上岩松発電所1号機と一体化し、後に上岩松発電所2号機と名称変更しました。
写真-2 岩松ダム堤体コンクリート打設状況(1)
写真-3 岩松ダム堤体コンクリート打設状況(2)
写真-4 岩松ダム完成写真
(宮崎所長)
十勝川本流の最上流に位置する富村発電所は、道東地方の電力の安定供給のため、地域の供給力を増強するよう計画されました。この発電所は、大雪山国立公園内に位置しますので、自然保護、環境保全には特に留意しました。工事に当っては、設計・施工が自然環境に与える影響を最小限にとどめるよう工夫し、さらに工事跡地は郷土産植物をもって修景緑化して自然保護、環境保全に万全を期するよう努力し、1978年に完成しました。
十勝川は、十勝地方の開拓以来、融雪期、雨期を問わずしばしば、氾濫を繰り返し、流域の住家をはじめ農作物に大きな被害をもたらしました。このため、北海道開発局は、主として洪水調節する目的で十勝ダムの建設を計画し、1984年に完成しました。当社は、このダムの水を利用した十勝発電所を計画し、1985年に最大出力40,000kWの半地下式の発電所を建設しました。
新岩松発電所は、1942年に運転開始した岩松発電所の老朽化廃止に伴い、2016年に新設された発電所です。それに伴い、出力は3,400kW増加されました。
新得発電所は、1956年に運転開始した上岩松発電所1号機の老朽化廃止に伴い、2022年に新設された発電所です。それに伴い、3,100kW増加されました。また、上岩松発電所再開発に合わせて、上岩松発電所2号機は、2022年にあらためて然別第三発電所に名称変更しました。
写真-5 富村ダム河床部岩盤清掃状況
写真-6 左岸取水口取合部コンクリート打設状況
写真-7 富村発電所基礎コンクリート打設状況
写真-8 富村ダム完成写真
写真-9 富村発電所完成写真
(WEC)
続いて、ダム・堰の管理体制についてお話いただけますか?
(宮崎所長)
新得管内のダムは、十勝川水系最下流の岩松ダムを拠点の「統管ダム」、上岩松取水堰を「衛星ダム」としています。上岩松取水堰は、平常時は無人とし、放流時においても洪水警戒発令前の流入量が安定している場合は、岩松ダムから遠隔操作でダム放流を行うことにより、無人化としています。また、十勝系最上流の富村ダムはゲートレスの自然越流タイプであり、ダム放流時も無人としています。然別系の土木設備は、岩松ダムより遠隔監視を行い、故障および警報が発生次第、現地出向等の対応を行います。その他、取水口、導水路、水槽等の土木設備も遠隔で監視し、水力発電所の安定運転に努めています。また、岩松ダム管理所には、現在、24時間365日ダム勤務員を配置していますが、今年中を目途に、岩松ダム、上岩松取水堰に警戒態勢発令のない平常時において、指定在宅者がダム情報遠隔監視用端末にてダム情報を適宜監視することによって、無人化する予定です。
写真-10 岩松ダム管理装置
写真-11 岩松ダム全景
(WEC)
他に管理上ご苦労されている事がございましたらご紹介ください。
(宮崎所長)
富村ダムは、運用開始3年後の1981年の出水により、総貯水容量(2,900千m3)に対する堆砂率は約20%となり、1992年、2016年の出水を経て堆砂率は約85%まで上昇しました。その間の堆砂対策として、2011~2015年度で土砂浚渫工事(ダンプ搬出)を実施し、2018年度以降はダム排砂門によるフラッシングを実施しています。
フラッシングを実施するに至った経緯として、2016年度の大出水による大量の土砂等の流下に対するダム排砂門からの土砂排出があります。これは、取水口スクリーンが破損したため、導水路内が土砂・流木で閉塞してしまい、復旧に約570日を要しましたが、復旧(停電)期間中はダム排砂門全開によりフラッシング状態となり、年間堆砂量は、2016年の491千m3の堆砂に対し、翌2017年は▲332千m3と大量の土砂が排出されました。これらの効果から、復旧の翌年、2018年にフラッシング試験を行い、2020年度から本格的にフラッシングを開始すると共に河川下流への環境に対する影響を把握、評価するため5ヶ年計画で「富村ダム下流河川環境調査」を実施しています。
環境調査を開始して以降、2020年から2024年にかけて毎年フラッシングを実施しています(2022年度を除く)。これまでの調査結果ではフラッシングによる下流河川への影響は一時的であり、永続的な影響は確認されていません。(なお、2020年から実施した富村ダムのフラッシングにより、2023年には堆砂率が約73%まで回復しています。)
2016年度の大出水以降、上岩松取水堰においても堆砂量の増加が顕著であることから、富村ダムのフラッシングに合わせて、下流の上岩松取水堰のフラッシングを実施しています。
写真-12 富村ダム調整池内流木堆積状況
写真-13 取水口流木堆積状況
写真-14 水圧鉄管内流木堆積状況
写真-15 導水路内泥土処理状況
写真-16 富村ダムフラッシング状況
写真-17 富村ダムフラッシング状況
写真-18 富村ダムフラッシング状況
写真-19 上岩松取水堰フラッシング状況
(WEC)
岩松ダムは土木遺産に認定されているとお聞きしましたが、そのあたりについてご紹介ください。
(宮崎所長)
岩松ダムは、1942年に供用開始(82年経過)され、日本発送電(株)が北海道で最初に建設した岩松発電所の発電専用ダムであり、当時の最高技術を駆使して建設されました。新得町史によれば、岩松発電所の完成により、新得の街に明かりが灯ったことは町民にとっても大きな喜びであり、農村地域の様相は一変、また、電力供給を通じて北海道道東地域の産業、文化の発展に大きな役割を果たすこととなりました。岩松発電所は、水車・発電機等の設備老朽化に伴い2011年に発電所を停止し、2012年に新岩松発電所として運転開始されました。なお、岩松ダムは、新岩松発電所の発電専用ダムとして、引続き供用されています。岩松ダムを含む新岩松発電所が立地する上川郡新得町は、道東地域の電力の安定供給上重要な役割を担う複数の水力発電所が立地する「電源の町」としてPRされており、岩松ダムは、新得町における歴史・文化の一部としての地域資産であるとご認識頂いています。このような経緯から、2019年に公益社団法人土木学会より、「選奨土木遺産」に認定され、2020年には、土木遺産カードの製作および配布が開始されました。
写真-20 土木学会選奨土木遺産認定書
写真-21 土木遺産カード
(宮崎所長)
新得発電所建設計画の推進にあたっては、環境影響評価手続き等の機会も活用し、地元自治体、自治会等への説明を重ねて理解を得ており、2019年4月以降、順調に工事を進めてきました。一方、新得発電所周辺は自然環境が豊かな地域であり、その保全に対しても高い関心が寄せられていることから、着工以降も地域の理解を着実に得ながら工事を進めることが重要でした。こうした中、町議会や地域住民からは、長きに亘って地域が発電事業を支えた証しとして後世に遺すとともに、当該施設を観光資源として活用するため、新得発電所の新設に伴い撤去される上岩松発電所(1号)の一部を産業遺産として展示・保存するよう求められました。このため、「令和 2 年度水力発電の導入促進のための事業費補助金(地域理解促進等関連事業)」の助成を受けて水車ランナ設置地点の検討を実施し、新得町役場庁舎の構内を適地と評価しました。2022年1月、上岩松発電所(1号)水車ランナのモニュメント化工事が完了し、地元紙や新得町広報誌において歓迎的に報じられました。その結果、地域の理解促進が図られ、新得発電所建設工事の円滑化に資する効果が得られました。
写真-22 上岩松(1号)水車ランナモニュメント
写真-23 銘板サイン
(WEC)
最後に一言お願いします。
十勝平野は、明治以降の開拓と十勝川の恵みにより、日本を代表する畑作・酪農地帯として発展し、北海道らしい広大な農村風景が広がっています。このようなロケーションから、十勝管内の7つのまち(帯広市・新得町・陸別町・清水町・士幌町・池田町・中札内村)では、NHK連続テレビ小説「なつぞら」のロケ地として撮影が行われました。
写真-24 十勝平野の風景(1)
写真-25 十勝平野の風景(2)
また、然別川系の源となる然別湖は、大雪山国立公園内にある湖では唯一の自然湖で標高810mと、北海道の湖の中では最も高い場所に位置しています。厳寒期には、凍った湖の上に幻の村「しかりべつ湖コタン」が作られ、湖上で入る温泉「氷上露天風呂」は一面真っ白な雪と氷の世界を見渡しながら浸かることができ、温泉と外気温の差は60℃以上にもなります。絶景を望みながら入るお風呂は格別です。
新得水力センターでは、年に2回、然別湖畔で実施される登山道整備に参加しています。登山シーズンになると、多くの登山客で賑わうため、刈払い機や剪定ハサミを用いて長く伸びた草木を刈り取っていきます。
写真-26 夏の然別湖
写真-27 冬の然別湖
写真-28 氷上露天風呂
写真-29 然別湖畔登山道整備への参加
新得町は、北海道の中心に位置し、美しく雄々しい東大雪の山々と日高山脈に抱かれています。素晴らしい四季の風景、旬の食材、温泉、乗馬にラフティングなど、自然と時間を贅沢に使った楽しい遊びであふれるまちです。町名は、アイヌ語で肘、山の突出部分を意味する「シットク(本来は小さいク)」に由来しています。新得山が佐幌川の方に肘のように張り出ている地形を言い表したものといわれています。新得町は、全国でも有数のそばの生産地です。山麓地帯特有の朝・晩の寒暖の差の冷涼な気候が風味豊かな美味しいそばを育てます。また、毎年9月には新得神社にて秋季祭が開催され、水力センター所員も若手を中心に神輿担ぎに参加しています。
今後とも、地域に寄り添い、親しまれるダムを目指しながら新得水力センター所員一同、水力発電所の安定運転に努めてまいります。
写真-30 新得町の風景(1)
写真-31 新得町の風景(2)
写真-32 新得神社秋季祭への参加
写真-33 岩松ダムと宮崎所長
(WEC)
「なつぞら」は私も欠かさず鑑賞しました。十勝は本当に素敵なところですね。
これからも地域に寄り添った安心安全な発電運転を願っています。
本日はありがとうございました。
■北海道電力水力発電所HP:https://www.hepco.co.jp/energy/water_power/index.html