令和2年7月豪雨災害 球磨川流域被災状況調査報告

一般財団法人 水源地環境センター
調査・執筆者 安田吾郎、藤田幸夫、鷲見崇

はじめに

令和2年7月3日から4日にかけ、熊本県を中心として梅雨前線に伴う線状降水帯により、球磨川流域では、24時間雨量が400mm以上となる集中豪雨が発生しました。この集中豪雨は、熊本県を中心に九州、中部地方など日本各地で豪雨災害をもたらし、気象庁では「令和2年7月豪雨」と命名しました。

水源地環境センターでは、豪雨災害の直後である令和2年7月8日~11日にかけて球磨川水系の被災状況調査を行いましたので、その一部を紹介させていただきます。

1. 調査行程

1日目(7/8)球磨川上流域(市房ダムほか)
2日目(7/9)人吉市内と支流川辺川流域
3日目(7/10)球磨川下流域(八代市ほか)
4日目(7/11)前日の雨で再び氾濫危険水位を超えたため、調査を中止

現場ではレンタカーで移動し、途中、道路の一部損壊などによる通行止め区間から折り返す状況を繰り返しながら調査を行い、4日間で約800kmの距離を移動しながら調査を行いました。

球磨川流域被災状況調査範囲

2. 市房ダムの状況(球磨川上流域)

市房ダムでは、最大毎秒560m3の流量をカットするとともに、異常洪水時防災操作(マスコミでは緊急放流といっている)を行うぎりぎりのところまで水を貯め込みました。途中段階では異常洪水時防災操作を行う予定であることが熊本県庁から公表され、大被害が生じつつあった人吉市等にさらなるダメージが加わることが心配されました。しかし、異常洪水時防災操作の開始予定水位まであと10cmというところで水位は留まり、ぎりぎりで異常洪水時防災操作は回避できたのです。洪水が起きる前に事前放流(注)を行って水位を1.5m低下させたことも、大きく寄与しました。人吉市内の被災地で被災者からは「市房ダムが緊急放流をしていたら命は無かったかもしれない」といった声も聞きました。

市房ダム上流側の網場付近では、多くの流木が漂着している状況が確認できました。さらに上流に行くと、湖岸にある親水公園にも多くの流木が漂着しており、増水時の激しい流れの様子をうかがい知ることができました。 [写真は7月8日撮影]

(注)熊本県では平成30年7月より、予備放流(試行)として、洪水が予想される場合に下げる水位を定めていた。その水位までがダム計画上の治水容量ではないと考えられることから、本稿では事前放流とした。

市房ダム上流の流木の漂着状況

市房ダム上流の親水公園の状況

3. 人吉市内の状況(球磨川中流域)

人吉市内では、浸水した家屋から家財道具等を屋外への持ち出す様子があちこちで見られました。 また、市内にある国宝の「青井阿蘇神社」や国の登録有形文化財に指定されている老舗の「人吉旅館」も甚大な浸水被害を受けていました。人吉旅館では、地元高校生ボランティアにより、館内や温泉浴場から一輪車を用いて、泥を運び出す様子がみられました。 [写真は7月9日撮影]

青井阿蘇神社まえの池の状況

人吉旅館での災害ボランティア状況

我々が市街地内で行った調査の中でも、家屋の2階の窓を超えるような場所に洪水痕跡が確認されており、道路から4m以上の浸水深になったとみられます。 浸水家屋の後片付けを行っているご夫婦からは、「堤防からの越流を確認してから、あっという間に1階部分は浸水し、死も覚悟した」という話を伺いました。 [写真は7月9日撮影]

人吉市内の被災家財搬出の状況

家屋の2階部分の洪水痕跡状況

堤防にある樋門は、管理橋が流出している状況が確認されました。また、流出していない樋門の管理橋には多くの草木が引っかかり、基礎部分が持ち上げられたような状態(浮き上がり)の箇所も確認されました。管理橋に引っかかった草木が流水に対する抵抗を増す形となり、場所によっては流出に至ったと考えられます。 [写真は7月9日撮影]

樋門管理橋にかかる草木の状況

樋門の管理橋が流出した状況

人吉市内の球磨川に架かる「西瀬橋」は、今回の出水で、右岸から3径間目の桁が流出していました。残された桁の上流側には、草木等の流下物が引っかかっており、橋面高より1m以上上方まで水位が上昇したようです。 [写真は7月9日撮影]

球磨川に架かる西瀬橋の落橋状況

西瀬橋上流側 桁にかかる草木の状況

4. 球磨村(渡地区)の状況(球磨川中流域)

球磨村の渡地区は、報道機関でも紹介された特別養護老人ホームの千寿園が浸水した地域になります。千寿園は、球磨川に合流する小川という支川沿いにあり、球磨川本川のバックウォーターも影響した中で支川の増水も合わさり浸水した模様。渡地区は、千寿園だけでなく一般家屋も甚大な被害が出ており、2つの橋梁で全ての橋桁が流出し肥薩線の鉄道も大きな被害を受けていました。この地域では堤防を3m以上上回る高さで越流した痕跡が残っていました。周辺では、家屋の2階の屋根または3階まで浸水した痕跡を確認することができました。 [写真は7月10日撮影]

渡地区相良橋脇の堤防と同じ高さの場所で
3m以上浸水した建物

渡地区の堤防側帯上の排水ポンプ施設の被災

渡地区 家屋3階付近の浸水状況

渡地区の市街地の被災状況

小川(支流)の状況(土嚢奥が千寿園)

渡地区 相良橋落橋の状況

渡地区 肥薩線 線路被災状況

肥薩線 第二球磨川橋梁の落橋状況

5. 八代市坂本町の状況(球磨川下流域)

八代市坂本町も今回の出水で甚大な被害を受けました。 衝撃を受けたのは、坂本駅から50mほどの場所にある建物でした。出水により流れてきたであろう大木が家屋を突き抜け、その周囲は草木がびっしりと家屋を覆っていました。 [写真は7月10撮影]

八代市坂本町 最上流の家屋の状況

坂本町には、1階部分を駐車スペースとして利用し、生活スペースは2階以上にするなど、浸水被害に備えたピロティ構造としている家屋もみられましたが、今回の水害では2階も浸水している痕跡が確認されました。熊本大学によるその後の調査結果※2によれば電柱に残る痕跡は地上5.4mに達していたとのこと。また、左下の写真の右側の電柱には近年では最大規模の洪水だった昭和40年洪水の水位を示す看板が高さ1mの場所にありました。今回記録された水位はそれを4.4mも上回るものだったのです。 [写真は7月10日撮影]

坂本町 家屋(1階駐車スペース)の状況 

電柱に残る出水の痕跡状況

6. 川辺川の状況と川辺川ダムがあった場合の効果

今回の水害後の報道は、人吉盆地とその下流の狭窄部の被害に関するものがほとんどを占めています。しかし、川辺川筋でも下流部では400mm以上、上流部でも200~400mmに達する24時間雨量を記録し、越流や氾濫も生じました。 [写真は7月9日撮影]

相良村八田地先の川辺川右岸堤防の越水跡

川辺川左岸の水田が氾濫流で削られた跡(相良大橋より)

京都大学防災研究所の角教授・野原助教※3は、水位のピーク時にほぼ相当する7月4日午前9時の時点で、川辺川の柳瀬地点で毎秒3,300m3、球磨川本川の川辺川合流前の場所で4,350m3の流量であったと推定しています。川辺川と球磨川本川の合流部での流量のうち4割以上が川辺川からのものということになります。角教授らは、川辺川ダムが建設されていたとした場合の効果についても算出しています。放流量を毎秒500m3に絞り込む運用とした場合、人吉地点での流量を毎秒2,000m3程度少なくする効果があり、氾濫水量も約2,300万m3から約400万m3に減らせると試算しています。

これは途中での氾濫量を見込まないなどの仮定を置いた上での速報的な報告であり、今後さらに多くのデータを元にした解析が行われ精度の良い検討結果が公表されていくことと思われますが、川辺川ダムがあれば被害を大幅に軽減できたことは間違いないと思われます。

7. 調査を終えて

川沿いに人口・資産が集積している人吉盆地が、大きな水位上昇が生じやすい狭窄部の上流側に位置していることや、球磨川流域のほぼ全域にわたって強い雨が降り、流域の地形が各支川から合流した洪水のピークが重なりやすいものだったこと等が影響して、場所によっては10mほどにも及ぶ大きな浸水深をもたらしたのが今回の球磨川における水害の特徴です。また、流水と流木の力が合わさることにより、橋梁や建物等への被害を大きくした状況も各所で確認できました。そして、川辺川ダム事業の中止という判断がもたらした結果について非常に考えさせられました。

気候変動の影響も顕在化しつつある状況の下、今回のような水害が近い将来にまた起きる可能性もあり、住民の中には浸水した場所での生活再建を疑問視する声が出ています。そのようなことを考えると、被災住民に対して今後の治水の方針を示すことが急務だと思われます。

【出典】
※1:梅雨前線に伴う大雨の見通しについて(2020年7月9日)/気象庁報道発表資料
https://www.jma.go.jp/jma/press/2007/09a/kaisetsu202007091100.pdf
※2:2020年7月豪雨に伴う熊本県南部における災害調査速報 第2報(2020年7月16日)/熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センターhttps://cwmd.kumamoto-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2020/07/report_20200716.pdf
※3:2020年7月球磨川水害速報(市房ダムおよび川辺川ダムに着目して)第3報(2020年7月13日)/京都大学防災研究所 角哲也 野原大督 http://ecohyd.dpri.kyoto-u.ac.jp/content/files/DisasterSurvey/2020/report_KumaRiverFloods2020_v3.pdf