一般財団法人 水源地環境センター
研究第三部長 新宅 幸夫
水源地生態研究会は、このたび5年間にわたる研究活動を取りまとめ、2026年度から、新たな研究体制のもと、新しいステージへ進むこととなりました。
ダムは、洪水から暮らしを守り、水道や農業、発電を支える社会基盤です。一方で、ダムの建設は川の環境を大きく変化させ、水の流れや土砂の移動を変えるとともに、新たな貯水池という環境を創り出します。その結果、そこに生息する生き物や生態系も変化します。こうした環境の変化を理解し、豊かな自然環境を将来へ引き継いでいくためには、科学的な知見に基づいた環境管理が欠かせません。
水源地生態研究会は、「ダムが生み出す生態系を科学的に理解し、水源地域のあり方を探求する」ことを目的として、1998年から研究活動を続けています。一般財団法人水源地環境センターが事務局を務め、大学や研究機関などから数十名の研究者が参画し、それぞれの専門分野を生かしながら研究と議論を重ねてきています。
本研究会では、5年ごとに研究成果を取りまとめています。今回は2020~2024年度の5年間に実施した研究活動を取りまとめました。辻本哲郎会長(名古屋大学名誉教授)のもと、「ダム湖」「ダム下流」「新技術・データ管理」の3つの研究部会が連携し、全国のダムを対象とした比較研究や現地調査、AIや環境DNAなどの新しい技術を活用した研究を進めてきました。その結果、ダム湖の水質や生物多様性、気候変動による環境変化、ダム下流の河川地形や生態系への影響など、多様なテーマについて科学的知見を蓄積し、ダムを取り巻く自然環境への理解を大きく深めることができました。
ダム湖生態系研究部会では、全国のダム湖を対象とした比較研究と現地調査を組み合わせ、ダム湖の水質や生物群集、生態系機能を総合的に評価しました。機械学習によるダム湖の類型化や、環境DNAなどの新しい手法を取り入れながら、気候変動による水温や水質の変化、富栄養化対策の効果などを明らかにし、ダム湖管理に必要な科学的知見を蓄積しました。また、ダム湖を単なる貯水施設ではなく、生物多様性や水質調整などの機能を持つ「淡水生態系」として捉える新たな視点を示しました。
ダム下流生態系研究部会では、ダム下流で変化する土砂や流量、水温などが河川地形や生態系へ与える影響を明らかにするとともに、置土や流況管理による河川環境の改善に取り組みました。実際の土砂還元や流況管理を対象として、生態系の視点からより良い河道管理のあり方を検討し、自然再生と防災を両立する管理技術の基盤を構築しました。
新技術・データ管理研究部会では、全国のダムや河川で蓄積されてきた観測データを有効活用するためのデータベース整備を進めるとともに、AIや画像解析、環境DNAなどの新しい技術を環境モニタリングへ導入しました。これにより、広域比較研究や効率的な環境評価を可能にし、今後のダム管理を支えるデータ基盤づくりを進めました。
このように、三つの部会が集水域からダム湖、下流河川までをそれぞれの視点で研究し、その成果を統合することで、ダムを単なる「施設」としてではなく、「集水域・ダム湖・下流河川がつながる流域生態系」の一部として理解する考え方が大きく前進しました。また、全国規模の比較研究と個別ダムでの現地研究を組み合わせることで、個々のダムだけでなく、日本全体のダム環境管理に共通する課題や方向性を示すことができました。
一方で、近年は気候変動による豪雨・渇水の激甚化、生物多様性保全やネイチャーポジティブへの国際的な要請など、ダムを取り巻く社会的課題は大きく変化しています。国においても、流域全体のあらゆる関係者が協力して防災に取り組む「流域治水」や、防災・利水・環境を一体的に考える「流域総合水管理」が進められています。このような時代には、ダムそのものだけを管理するのではなく、森林からダム湖、下流河川までを含めた流域全体の健全性を考慮した管理が求められます。そのためには、生態学、水文学、河川工学などの知見を融合した新たな研究が不可欠です。
こうした背景を踏まえ、2026年度からは研究体制を新たにします。占部城太郎新会長(東北大学名誉教授)のもと、従来の「ダム湖」「ダム下流」に加え、「集水域」を独立した研究部会として位置付け、森林から河川、ダム湖、下流までを一体として研究する体制へ移行します。また、研究成果を実際のダム管理へ反映することを目的に、「環境目標ワーキング」を新たに設置します。
近年は、生物多様性国家戦略やネイチャーポジティブの考え方を踏まえ、「どのような自然環境を目指して管理するのか」を具体的な指標で示す「定量的環境目標」の重要性が高まっています。本研究会でも、生態系の視点から水温や土砂、水質、生物多様性などの目標像を科学的に整理し、現場で活用できる環境目標の提案を目指します。
さらに、これからのダム研究では、地域ごとに異なる環境課題をどのように解決していくかという実践的な視点が、これまで以上に重要になります。研究成果は現場で活用されてこそ、その価値を最大限に発揮します。研究に関するご意見やご要望、地域の課題や研究テーマのご提案など、ぜひ水源地生態研究会にお寄せください。現場の皆さまとともに課題を共有し、より実践的で持続可能な解決策を模索していきたいと考えています。

図 ダム下流生態系研究部会による合同現地視察(2024年6月)。
研究フィールドの一つである札内川ダム下流において、河床間隙の調査地を視察した。